ちょっとだけ本当の話

 夢に同僚が出てくることがある。数か月に一度の頻度くらいで、なんの前触れもなく、現れるのだ。まるで散歩がてらに立ち寄ったというような雰囲気で、ある時は研究室で、ある時は通院先の病院で、角を曲がったところから突然現れたりもする。出てきたからと言って何かするわけでもなく、一緒に駄弁ったり、コンビニに行ったりするだけの夢なので猶更よくわからない。

 そして不思議なことに、彼が出てくる夢を見たその日は、必ず彼の髪の毛が短くなっているのだ。変に短くなる逆市松人形ではなく、単純に散髪に行ったというだけの適度な加減の短髪具合なのだが。

 夢の内容が大したものではないものの、こうも頻繫に目の前に現れると人間とは不思議なもので、相手のことが気になってくる。私もそういった興味から彼によく話しかけるようになった。彼は同僚だが少しぼんやりした人で、彼の周り15 cmだけふんわりした、時間の流れ方が違う空気が漂っている感じの、それでいて仕事はきっちりこなすという典型的な「人に好かれる」仕事仲間だった。

 なんで夢に彼が出てくるのかが気になり、別の同僚にふと聞いてみようと思い立ったのが一週間前だった。「彼のことが好きなんじゃない?」という安直な返答とともに、内容を聞いていたもう一人の同僚が口を開いた。「相手に思われていると夢に出てくるらしいから好かれているのかもね」

 そういわれてみればどうにも彼のことばかり考えているなあ、と思って胸元が少しもやり、ドキリ、としていた一方、正体が恋心なのであれば別に構わないか、と半ば無理やり納得する形で仕事にとりかかった。職場はもうすぐ年末であり、後で後でと回していた仕事を片付けなければならない頃合いに入っていた私は、数日して、件の彼が倒れたらしい、という噂を食堂で耳に挟んでしまった。部署が同じとはいえ、積読を処理している自分からすれば彼のことを忙殺していた節があり、久々に名前を聞いて思わず箸の手を止めた。「倒れた翌日に復帰した」とのことで良かった、と思ってそのまま生温いうどんを胃に掻き込んだ。だが実際にはただ良かった、と思うには早すぎたらしい。

 数日後、彼を廊下で見かけた。彼は何か虚ろに、今まで以上にぼんやりとしながら歩いていた。何も持たず歩いている彼を訝しんだ上司が声をかけると、彼は空っぽの目を歪めてぐにゃり、と笑ってこう言ったらしい。

 

   「仕方ないですよねぇ」

 

 その翌日から彼は姿を消した。

 アパートには肌色の人皮だけが破れた紙切れのように1枚落ちていたらしいが、それ以外のものは見つからなかったらしい。

 最近また彼の夢を見たのでここに書き込むことにした。今の彼は随分崩れてしまっているけど、まだ後数回は会いに来てくれるだろう。